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太平記

持明院殿行幸六波羅事
資名資明二人御前に参じて、官軍戦弱くして、逆徒期せざるに洛中に襲来候、個様にて御座候はば、賊徒差違て、御所中へも【G門&lt{恋-心}】入仕候ぬと覚え候、急ぎ三種の神器お先立て、六波羅へ行幸成候へと申されければ、主上〈◯光厳〉軈て瑶輿に召れ、二条河原より六波羅へ臨幸なる、其後堀河大納言、三条源大納言、鷲尾中納言、坊城宰相以下、月卿雲客二十余人、路次に参著して供奉し奉りけり、是お聞召及て、院〈◯後伏見〉法皇〈◯花園〉東宮〈◯康仁〉皇后、梶井二品親王〈◯尊胤〉まで、皆六波羅へと御幸成間、供奉の卿相雲客、軍勢の中に交て、警蹕の声頻なりければ、是さへ六波羅の仰天一方ならず、俄に六波羅北方おあけて、仙院の皇居となす、事の体騒しかりし有様なり、