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栄花物語
三十八松の下枝
一品の宮にまいらせ給ひし侍従宰相〈◯源基平〉の御むすめ、〈◯基子〉内〈◯後三条〉おぼしめすといふ事世にきこえて、たヾそなたになんおはしますなどいふ程に、たヾならずならせ給へり、かほかたちもみやづかへさまにもあらず、もてかしづききこえさせ給ひて、たヾ宮の御おなじ事にて御だいなどまいらすることも姫君の御だいとて、女房とりてまいらするに、ましてかくさへものせさせ給へば、いとこヽろことにもてなさせ給ふ、もとより御門の御母になり給ふべきすくようものし給ふ、御夢にも紫の雲たちてなん見え給ひけるなどきこゆるお、なほさこそ人はものはいへといひしお、まことに隻今まではかなひぬべきにやと人々はおもひいふめり、七月に尾張の前司つねひらといふ人の家にいでさせ給ふ、このたび帰りまいり給はむには、更衣などにてなんおはすべきといひのヽしる、いでさせ給ふ夜はあかつきまでおはしまし、御とも人などのたちやすらふもむかしものがたりの心地す、さべきむつまじき殿上人御おくりすべき宣旨ありていとめでたし、とのばらなどなほ女子こそもつべきものはあれなどめで給ふ、母北の方もよしよりの中納言の娘にものし給へる、なからひいとあてやかにむかしものがたりのこヽちす、御息所更衣などみな中将少将のむすめ受領のも皆まいりけるお、この近き世にはおぼろげの人はまいり給はぬものにならひたるにいとあさましきなり、入道殿にきさき御門はおはしますものとおもふに、この関白殿右おほとのだにおとヾにてこそまいらせたまひしか、かへりてかく人の宿世もさだめあるべきことかはとなるべし、かみわざのひまにはしのびてまいらせたまふ、御使ひまもなし、御修法御読経などせさせ給ふ程いとめでたし、母方のおぢ東宮の権大夫、さきの少将といひしは、刑部の権大輔またなにの権守とかいひてもあり、阿ざりなどにても、したしくつかひいでいりし給ふも、女御のかしづきなどしたるもめやすし、宮よりよろづになにごともせさせ給ふ、さるべき人々おばんにとのいにさしつヽまいらせさせ給ふ、一品の宮にまいりとまいる人お、みやの仰言にてまいるべくおほせらる、内のおぼしめしよらぬことなくせさせ給ふに、宮にもせさせ給ふなるべし、いづれかおろかにおもひきこえさせ給ふと申ながら、このうちの一品の宮、おもひまうけさせ給へる御ありさま世の常ならず、さればこの宮にまいりつかうまつらぬ人なし、それおかのとのいにもせさせ給ふなるべし、母上の御はらからの姫君たちも皆おはして、いかに〳〵とうれしきものヽおそろしくおぼす、その程になりていたくなやみ給へば、殿上人かんたちめのこりなくまいり、内の御使宮の御使のひまもなくまいりちがひたり、しるしありときかせ給ふ、そうおばめしてつかはす、そのわたり四五丁は道もさりあへず、一の人の御娘の后宮のうませ給はんもかくこそはあらめ、おもひしより過ぎたる御ありさまなり、四五日つれなくあけくれつヽいとあさましく、いかに〳〵と内にも宮にもおぼしめす、六日といふに、いときらヽかなるおとこにておはしませば、さるべき人々おきどころなくおぼさる、内の御使、宮の御使、われまづ奏せん〳〵とぞいそぎまいる、かばかり年頃いづかたにもかたよりつる御ことのめづらかにあさましともおろかなり、源中納言の四位少将いへかた御はかしもて参るお見つけたる心ちなり、さるべきならでたヾうち見る人もめでたしとはこれおこそはいはめ、かヽることおまたこそ見ざりつれとあさましくめでたく見給ひけり、御湯殿の儀式ありさまなど、蔵人五位よきかぎり廿人弦うちに奉らせ給ふ、いへばおろかなり、御めのとには小侍従の内侍とてさぶらふお奉らせたまへり、上野守範国が女、尾張守惟経が女、蔵人よりかうぶりえたる式部大輔惟輔が女なり、三月九日いらせ給ふ儀式ありさまいとめでたし、車五六ひきつヾけていと心ことなり、女御になりていらせ給ふ、更衣などいひしおだに、世にめでたくめづらしきことに思ひ申しお、けざやかにめでたくいみじくよにためしなきことに世人このごろのことぐさにしたり、さらぬ事だにきヽにくきものいひはましてことわりなり、かくもてなさせ給ふも、人の御ほど御位こそあさくものし給ひしか、侍従宰相はこの斎院の御せうと小一条院の御子、堀河の右大臣の御ひめぎみの御腹などてかわろからんとおぼしめすなるべし、