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視聴草五集

女御入内之記
こヽに大樹〈◯徳川秀忠〉すえの御姫君、御年比に成給しより、たヾならぬ御瑞相ありて、御かしづきもあさからぬおはしけり、女御にそなはらせ給ふべきにさだまりぬれば、辞し給ふべきにもあらず、あらかじめ御まうけし給ひ、元和六のとし五月はじめの八日に、江戸の柳営お出御ならせ給ふ、執事酒井雅楽頭忠世、土井大炊頭利勝、ならびに松平右衛門大夫正久以下の侍あまた扈従せられ、前後の警蹕瑶輿侍女の乗物、御調度の運送、道すがらの行粧臈次お正し、事ゆへなう同じき後の八日の日都へいらせ給ふ、見物の貴賤ちまたおさへぎり、千陌の紅塵雲に連る、二条の御所に移らせ給ふべければ、内との御使もたび重り、まして諸家の輩参りつどへり、かくて御入内の式法さま〴〵にとりつくのはせ給ふ、天文暦の博士に仰せて其良辰おえらばせ、みな月十八日にぞ定らる、先は国母の女院にうつらせ給ふべき宣旨ありて、旧例にもいやまし御儀式ことごとしう催され、公卿大夫に至るまで、供奉のよそほひ華麗お尽し、六月二日に鳳輦おめぐらし三つの位にあがらせ給ふ、めでたかりし次第也、同じき十二日には、関白殿、近衛殿、八条殿おの〳〵二条の御前へ渡御ありて、忠世利勝以下の侍臣等おめされて、其事の法要おゆだねてのたまはせきかせらる、殊には御調度の具そこ〳〵高覧に備ふ、おほみきなど奉り、御土器とり〴〵にして還御ならせ給ふ、やう〳〵其日も近づきにければ、二条の御所より大内までのあひだ、行啓の道おつくり、辻がための警衛、ものヽふの陪臣に仰て、所々おわかちあてらる、凡此度の大営には天が下の大小名おもめしあつめてこそ行はせ給べかりしお、もとよりも倹約お用ひ奢侈おいましめ、万民のつひえおおぼしやらせ給ひしかば、かねて国々よりの参勤はとヾめ給ひ、たヾ御重代の大名、都近き分国の人々計ぞ召れける、前二三日の程より、見物の輩思ひ〳〵の支度おかまへ、あるひは堀川のほとりに桟敷おかきならべ、あるひはかど〳〵の蔀格子さし離ちて、錦繡のとばり絵かけるすだれおかけ、晴おわたして飾あへり、洛中の貴賤、遠境の道俗、十七日の暮かけて夜もすがら行つどひ、家居にもれし輩は、こヽの辻かしこの軒の下端まで、尺地もあらず充満ちて、東雲の空も明行ば、警固の衛士辻々おかため、二条の御所より郁芳門の砌まで、十余町のほど大路の左右につらなり、往還おたヾし、非常おいましむ、朝まだきよりそヽぎし雨もやヽ晴て、辰の一てむより御物の具おぞ送られけり、
長櫃 百六拾挑   四方行器 十荷   御屏風箱 三十双   御簾箱 一対   御几帳箱 二荷   御幕箱 三   御長鬘箱 一   御丸行器 十荷   御小行器 五荷   御膳行器 二荷   御弁当 五荷   御葛籠 十荷   御挟箱 一荷   御担 二十荷   御長櫃 百挑   御琴箱 三   廿一代集箱 一   御黒棚 一   御厨子棚 一   御貝桶 一荷御匂唐櫃 一荷   御呉服唐櫃 十荷   〈天皇〉御装束唐櫃   〈右同〉御呉服唐櫃
右各唐織縫御紋之覆掛之
綺羅おみがける御道具、目おおどろかす計也、此持人数千人、あさぎ染の素袍お著す、執事の陪臣是お奉行す、其外の財物雑具、下つかたの女房前後の日にさし遣されて、穏便の御沙汰と雲々、かくてより月卿雲客諸司格勤の輩、其程々に供奉のさうぞくお刷ひ、巳の時ばかりに二条の御所へ御むかひにぞ参られける、各殿中へ入給ひ、しばしが程ながら位次に随ひ座につき給ひ、あるじまうけおとり〴〵に、盃のめぐりも過ければ、時もやう〳〵至りぬと行啓おすヽめ奉る、かずかずの御いはひ、とりわきよろづの作法おはらひの輪とて、へんばいおふませらるヽ事までおこなはれ、出御も気色たちぬれば、日亭午におよび、供奉の行列次第にまかせて、われも〳〵と出立給ふ、〈◯中略〉行列の次第おみださず、前後お囲めぐらし奉り、花軒香車おとヾろかし、巍々蕩々として綺羅天にかヾやき、威勢地おうごかすよそほひ、見物の貴賤渇仰の頭お傾け、感情の声おのめり、かくて大内に入らせ給ふより、扈従の面々そのさま〴〵に潜り、新造の御所へ御車おめぐらさる、武家の随身は唐どの御門の左右おわけて床机につらなり、御壺の召次は中門の間の白洲に蹲踞す、御車よせまで広橋前内府三条の亜相出むかはれ、帷幄おひきはへ御車お入奉る、御供の車はつぎ〳〵に軒の外よりおり給ふ、おの〳〵五つぎぬに緋のはかまお著し、かんざしおかうぶり、つま紅のあふぎおかざし、青女房に裙裳おひかせてぞ入られける、関白殿近衛殿一条殿おはじめ奉り、公卿の人々中門のみぎりに揖してひかへ給ふ、諸司御随身のやからに至るまで其しりへに伺公す、伶倫はおこたらず千秋の楽お奏し其側に候せり、御車おさまりてより、内府亜相庭上へおり、三公へ式対ありてともに殿中へ入給へば、参勤の人々みな退き出侍りぬ、内殿の御規式は、おぼろげならぬ御事なればしるすにおよばず、御対面は時お点じて、亥の二つ計とぞきこえける、女御の御方より御祝の奉りもの、
  御さうぞくのぐ   夏冬
  御呉服   百
  銀子
清凉殿よりつねの御殿へあがりて、御式三献の後叡覧に備へ奉らるとぞ、三五の日までとりどりの御ことぶき、あげてかぞふべからず、〈◯下略〉