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枕草子

清凉殿のうしとらのすみの、北のへだてなる御さうじには、あらうみのかた、いきたる物どものおそろしげなる、手ながあしながおぞかゝれたる、うへの御つぼねの戸おしあけたれば、つねにめに見ゆるおにくみなどしてわらふほどに、かうらんのもとにあおきかめの大なるすえて、さくらのいみじくおもしろきえだの五尺ばかりなるお、いとおほくさしたれば、かうらんのもとまでこぼれさきたるに、ひるつかた大納言殿〈◯藤原伊周〉さくらのなおしのすこしなよゝかなるに、こきむらさきのさしぬき、しろき御ぞども、うへにこきあやのいとあざやかなるおいだしてまいり給へり、うへ〈◯一条〉のこなたにおはしませば、戸ぐちのまへなるほそきいたじきにい給ひて、ものなどそうし給ふ、みすのうちに、女房さくらのからぎぬどもくつろかにぬぎたれつゝ、ふぢやまぶきなどいろ〳〵にこのもしく、あまたこはじとみのみすよりおし出たるほど、日のおましのかたにおものまいるあしおとたかしけはひなどおし〳〵といふ声きこゆ、うらうらとのどかなる日のけしきいとおかしきに、はての御はんもたる蔵人まいりて、おものそうすれば、なかの戸よりわたらせ給ふ、御ともに大納言殿まいらせ給うて、ありつる花のもとにかへりい給へり、宮〈◯一条后定子、伊周妹、〉の御まへの御きちやうおしやりて、なげしのもとに出させ給へるなど、たゞなにごともなくよろづにめでたきお、さぶらふ人もおもふ事なきこゝちするに、月も日もかはりゆけどもひさにふるみむろの山のといふふることお、ゆるゝかにうちよみ出してい給へる、いとおかしとおぼゆる、げにぞちとせもあらまほしげなる御ありさまなるや、