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栄花物語
二花山
せつしやうには、〈〇中略〉九でうどの〈〇藤原師輔〉の御二郎、ない大じんかねみちのおとゞなり給ぬ、かゝるほどにねんがうかはりて、てんえん元年といふ、よろづにめでたくておはします、にようご〈〇兼道女、円融后媓子、〉いつしかきさきにとおぼしいそぎたり、〈〇中略〉かくてそのとしの七月一日、せつしやうどのゝにようご、きさきにいさせ給ぬ、中宮と聞えさす、〈〇中略〉御ありさまいみじうめでたう、世はかうぞあらまほしきとみえさせ給ふ、みかど〈〇円融〉一ほんのみや〈〇円融同母妹資子内親王〉の御かた、中宮の御かたとかよひありかせ給、うちわたりすべていまめかし、ほりかはどのとぞこのせつしやうどのおばきこえさする、いまはくわんばくどのとぞきこえさすめる、〈〇中略〉この東三でうどの、〈〇兼通弟兼家〉くわんばくどのとの御中ことにあしきお、よの人あやしきことに思ひきこえたり、いかでこの大しやうおなくなしてばやとぞ御心にかゝりて大とのはおぼしけれど、いかでか東三でうどのは、なほいかでこの中ひめぎみ〈〇詮子〉おうちにまいらせん、いひもていけばなにのおそろしかるべきぞと覚しとりて、人しれずおぼしいそぎけり、されどそのけしき人に見せきかせ給はず、このほりかはどのと東三でうどのとは、隻閑院おぞへだてたりければ、東三でうにまいるむまくるまおば、大とのにはそれまいりたり、かれまうづなりといふことおきこしめして、それかれこそついそうするものはあなれなど、くせ〴〵しうの給はすれば、いとおそろしきことにて、よるなどぞしのびてまいる人もありける、さるべきぶつしんの御もよほしにや、東三でうどのなほいかでけふあすもこの女君まいらせんなどおぼしたつと、おのづから大とのきこしめして、いとめざましきことなり、中ぐうのかくておはしますに、この大なごんのかくおもひかくるもあさましうこそ、いかによろづにわれおのろふらんなどいふことおさへ、つねにの給はせければ、大なごんどのいとわづらはしくおぼしたえて、さりともおのづからとおぼしけり、はかなく年もかはりぬ、貞元元年ひのえねのとしといふ、かのれいぜんいんのにようご〈〇超子〉ときこゆるは、東三でうの大しやうの御ひめぎみなり、こぞのなつよりたゞにもおはしまさゞりけるお二三月ばかりにあたらせ給ひて、その御いのりなどいみじうせさせ給お、大とのきこしめして、東三でうの大しやうは、いん〈〇冷泉〉のにようご、おとこみこうみ給へ、よの中かまへんとこそいふなれなどきゝにくきことおさへのたまはせければ、むつかしうわづらはしとおぼしながら、さりとてまかせきこえさすべきことならねば、いみじういのりさわがせ給ひけり、さてやよひばかりにいとめでたきおとこみこ〈〇三条〉むまれ給へり、いんいとものぐるほしきおほん心も、れいざまにおはしますときは、いとうれしきことにおぼしめして、よろづにしりあつかひきこえさせ給けり、おほきおとゞきこしめして、あはれめでたしや、東三でうの大しやうは、いんの二宮えたてまつりて、おもひたらんけしきおもふこそめでたけれなど、いとおこがましげにおぼしの給お、大しやうどのは、あやしうあやにくなる心つい給へる人にこそとやすからずぞおぼしける、〈〇中略〉かゝるほどに大とのおぼすやう、よの中もはかなきに、いかでこのうだいじん〈〇頼忠〉いますこしなしあげて、わがかはりのそくおもゆづらんと覚したちて、たゞいまのさだいじん兼明のおとゞときこゆる、えんぎのみかど〈〇醍醐〉のおほん十六のみやはおはします、それおほんこゝちなやましげなりときこしめして、もとのみこになしたてまつらせたまひつ、さてさだいじんには、小野宮のよりたゞのおとゞおなしたてまつり給ひつ、〈〇中略〉みかどはほりかはの院におはしましければ、われはなやましとてさとにおはしますに、わりなくて参らせ給て、この東三条の大将のふのうお奏し給て、かゝる人はよにありては、おほやけの御ために大事いでき侍りなむ、かやうの事はいましめたるこそよけれなどそうし給て、貞元二年十月十一日大納言の大将おとり奉り給て、治部卿になしたてまつり給つ、無官の定になしきこえまほしけれど、さすがにその事とさしたることのなければ、おぼしあまりてかくまでもなし聞え給へるなりけり、御心のまゝにだにあらば、いみじきつくし九国までもとおぼせど、あやまちなければなりけり、〈〇中略〉かゝるほどに堀河どの御こゝちいとゞおもりて、たのもしげなきよしお世にまうす、さいつころうちに参らせ給て、東三条の大将おばなくなし奉り給てき、いまひとたびとて内にまいらせ給ひて、よろづおそうしかためていでさせ給にけり、なに事ならんとゆかしけれどまだおとなし、かくて十一月四日准三宮のくらいにならせ給ぬ、おなじ月八日うせ給ぬ、おほんとし五十三なり、忠義公と御いみなおきこゆ、あはれにいみじ、かくいくばくもおはしまさゞりけるに、東三でうの大なごんおあさましうなげかせたてまつり給ひけるも心うし、おのゝみやのよりたゞのおとゞに、よはゆづるべきよし一日そうし給しかば、そのまゝにとみかど覚しめして、おなじ月の十一日くわんばくのせんじかうぶり給て、よの中みなうつりぬ、あさましくおもはずなることによに申思へり、〈〇中略〉かくて年もかはりぬ、〈〇貞元三年〉左のおとゞ〈〇頼忠〉の御さまいと〳〵めでたし、おほひめぎみ〈〇遵子〉おいかで内にまいらせたてまつらんとおぼす、はかなくてつき日もすぎてふゆになりぬ、ねんがうかはりて天元元年といふ、十月二日除目ありて、くわんばくどの太じやう大じんにならせ給ぬ、〈〇中略〉東三でうどのゝつみもおはせぬお、かくあやしくておはする心えぬことなれば、おほきおとゞたび〳〵そうし給て、やがてこのたびう大じんになり給ぬ、これはたゞぶつしんのし給ふとおぼさるべし、内には中ぐうのおはしませば、たれもおぼしはゞかれど、ほりかはのおほん心おきてのあさましく心づきなさに、東三でうのおとど中ぐうにおぢたてまつり給はず、中姫君まいらせたてまつり給、おほとのゝひめぎみおこそ、まづとおぼしつれど、ほりかはどのゝおほんこゝろおおぼしはゞかるほどに、みぎのおとゞはつゝましからず覚したちてまいらせたてまつり給、ことわりにみえたり、まいらせ給へるかひありて、たゞいまはいとときにおはします、中ぐうおかくつゝましからずないがしろにもてなしきこえ給ふもむかしの御なさけなさおおもひ給にこそはと、ことわりにおぼさる、東三でうのにようごはむめつぼにすませ給ふ、おほんありさまあいぎやうづきけぢかくうつくしうおはします、〈〇中略〉そのふゆくわんばくどのゝひめぎみうちにまいらせたてまつり給、よの一のところにおはしませば、いみじうめでたきうちに、とのゝおほんありさまなどもおくふかくこゝろにくゝおはします、むめつぼは、おほかたのおほん心ありさまけぢかくおかしくおはしますに、このたびのにようごは、すこし御おぼえのほどやいかにとみえきこゆれど、たゞいまの御ありさまにうへもしたがはせ給へば、おろかならずおもひきこえさせ給なるべし、いかにしたることにか、かゝるほどにむめつぼれいならずなやましげにおぼしたれば、ちゝおとゞいかにいかにとおそろしうおもひきこえさせ給へば、たゞにもおはしまさぬなりけり、よもわづらはしければ、一二月はしのばせ給へど、さりとてかくれあべきことならねば、三月にてそうせさせ給に、みかどいみじううれしうおぼしめさるべし、〈〇中略〉くわんばくどの、いとよの中おむすぼゝれ、すゞろはしくおぼさるべし、さばれとありともかゝりとも、わがあらばにようごおばきさきにもすえたてまつりてんと、おぼしめすべし、はかなくて天元三年かのえたつのとしになりぬ、〈〇中略〉六月一日とらのときに、えもいはぬおとこみこ、〈〇一条〉たひらかにいさゝかなやませ給ふほどもなくうまれさせ給へり、〈〇中略〉東三でうのみかどのわたりには、としごろだにたはやすく人わたらざりつるに、いんのみやたちのみところ〈〇三条及為尊敦通二親王〉おはしますだにおろかならぬとのゝうちお、まいて今上一宮のおはしませば、いとことわりにて、いづれの人もよろづにまいりさわぐ、〈〇中略〉かくてくわんばくどのゝにようごさぶらはせ給へど、おほんはらみのけなし、おとゞいみじうくちおしう覚しなげくべし、〈〇中略〉みかどおほきおとゞの御こゝろにたがはせ給はじとおぼしめして、このにようごきさきにすえたてまつらんとの給はすれど、おとゞなまつゝましうて、一のみこむまれ給へるむめつぼおおきて、このにようごのい給はんお世人いかにかはいひおもふべからんと、人がたきはとらぬこそよけれなどおぼしつゝすぐし給へば、などてかむめつぼは、いまはとありともかゝりとも、かならずのきさきなり、世もさだめなきに、このにようごのことおこそいそがれめとつねにの給はすれば、うれしうて人しれずおぼしいそぐほどに、ことしもたちぬれば、くちおしう覚しめす、かゝることゞももりきこえて、右のおとゞうちにまいらせ給ことかたし、にようごの御はらからのきんだちなどもまうでさせ給はず、にようごもこゝろとけたる御けしきもなければ、一ほんのみやは、世にいふことおもりきゝ給て、さやうに覚したるにこそと、よお心づきなくおぼしきこえさせ給べし、〈〇中略〉かゝるほどにことしは天元五年になりぬ、三月十一日中ぐうたちたまはんとて、おほきおとゞいそぎさわがせ給、これにつけても、右のおとゞあさましうのみよろづきこしめさるゝほどにきさきたゝせ給ぬ、いへばおろかにめでたし、おほきおとゞのし給ふもことわりなり、みかどのおほんこゝろおきてお、世人もめもあやにあさましきことに申おもへり、一のみこおはするにようごおおきながら、かくみこもおはせぬにようごの、きさきにい給ひぬることやすからぬことに世人なやみ申て、すばらのきさきとぞつけたてまつりける、されどかくていさせ給ぬるのみこそめでたけれ、東三条のおとゞいのちあらばとは覚しながら、なほあかずあさましきことに覚しめす、