[p.1647]
大鏡
三太政大臣頼忠
おとこ君隻今按察大納言公任と申す、〈〇中略〉かの大納言殿、無心の事一度ぞのたまへるや、御いもうとの四条の宮〈〇遵子〉后にたゝせ給ひて、はじめてうちへ入たまふに、西洞院のぼりにおはしませば、東三条のまへおわたらせ給ふに、大入道殿〈〇藤原兼家〉も故女院〈〇詮子〉もむねいたくおぼしめしけるに、按察大納言殿は后の御せうとにて、御心ちよくおぼされけるまゝに、御馬おひかへて、この女御〈〇詮子〉はいつか后にたち給ふらんと、うち見いれてのたまへりけるお、殿おはじめたてまつりて、其御ぞうやすからずとおぼしけれど、おとこ宮〈〇一条〉おはしませば、たけくぞよその人々もやくなくもの給ふかなときゝ給ふ、一条院位につかせ給へば、又女御后にたゝせ給ひて内に入給ふに、この大納言啓のすけにつかうまつり給ふに、出車よりあふぎおさし出して、やゝ物申さんと女房のきこえければ、何事にかとてうちより給へるに、弁内侍かほおさしいだして、御いもうとのすばらの后は、いづくにかおはすると聞えかけたりけるに、先年の事おおもひおかれたるなりけり、みづからだにいかにとおぼえつる事なれば道理なり、なくなりぬる身にこそとおぼえしかとこその給ひけれ、されど人がらよろづによくなり給ひぬれば、ことにふれてすてられ給はず、かのないしのとがなるにてやみにき、