[p.1649][p.1650][p.1651][p.1652]
栄花物語
十日蔭の鬘
世中にはけふあすきさきたゝせ給べしとのみいふは、かんの殿〈〇藤原道長女、三条后妍子、〉にや、また宣耀殿〈〇藤原済時女、三条后娀子、〉にやさも申めり、かゝる程に宣耀殿にうち〈〇三条〉より、
 春がすみ野辺にたつらんと思へどもおぼつかなきおへだてつるかな、ときこえさせ給へれば御かへし、
 かすむめるそらのけしきはそれながらわが身ひとつのあらずもあるかな、と聞えさせ給へれば、あはれとおぼしめさる、〈〇中略〉内にはかんの殿のきさきにいさせ給べき御事お、殿〈〇道長〉にたび〳〵きこえさせ給へれど、年比にもならせ給ぬ、みやたちあまたおはします宣耀殿こそまづさやうにはおはしまさめ、内侍のかみの御事はおのづから心のどかになどそうせさせ給へば、いとけうなき御心也、この世おふさはしからず思ひたまへるなりなどえじの給はすれば、さはよき日してこそは宣旨もくださせ給べかなれとそうして、出させ給てにはかにこの御事どもの御よういあり、なに事もそれにさはり日などのべさせ給べき御世の有さまならねば、二月十四日きさきにいさせ給とて、中宮ときこえさす、いそぎたゝせ給ぬ、その日になりぬれば、つねのことながらもいみじくやむごとなくめでたし、〈〇中略〉御とし十九ばかりにぞおはしましける、参らせ給て三四年ばかりにぞならせ給ぬらんかしとぞおしはかりまうす人々あり、大宮〈〇一条后彰子〉は十二にてまいらせ給て、十三にてこそきさきにいさせ給けれ、されど此御前はすこしおとなびさせ給にけり、〈〇中略〉やがて大饗いととうせさせ給べし、大夫には大殿の御はらからのよろづのあにぎみの大納言なり給、おほかたみやづかさなどみなえりなさせ給、かくていとめでたうふたところさしつゞきておはしますお、よのためしにめづらかなることにきこえさす、うちにはいまは宣耀殿の女御の御ことお、いかでかとおぼしめせど、すがやかに殿にはまうさせ給はぬ程に、宣耀殿にはなにともおぼしめしたゝぬ程に、大かたの女房のえん〳〵につきて、さと人のおもひのまゝにものおいひおもふは、いかにいかに、おまへに覚しますらん、あさましき世中にはべりや、これはさべきことかはなど、いとさかしがほにとぶらひまいらする人々などあるお、此ふみおも又かうなん、それかれは申つるなどかたり申す人お、女御殿はなどか、かうむづかしういふらん、たとひいふ人ありとも、かたらでもあれかし、こゝにはよろづ思ひたえて、いまはたゞ後の世の有さまのみこそわりなけれなど、物まめやかにおほせらるれば、さこそあれ御心のひがませ給へれば、物のあはれありさまおもしらせ給はぬとさかしうきこえさせける、かゝる程に大殿の御心、なにごともあさましきまで人の心のうちおくませ給により、しば〳〵参らせ給て、こゝらのみやたちのおはしますに、宣耀殿のかくておはしますいとふびんなることに侍り、はやう此御事おこそせさせたまはめとそうせさせ給へば、うへこゝにもさは思ふお、この殿上のおのこどものむかし物がたりなどおのおのいふおきけば、うどねりなどのむすめもむかしはきさきにいけり、いまも中ごろも納言のむすめのきさきにいたるなんなきなどいふおば、いかゞはすべからんとこそきけとのたまはすれば、ひがごとに候なり、いかでかさらば故大将〈〇済時〉おこそは贈大臣の宣旨おくださせ給はめとそうせさせ給へば、さべきやうにおこなひ給べしとの給はすれば、うけ給はらせ給て、官におほせごと給はす、さべき神ごとあらん日おはなちて、よろしき日して、小一条の大将それがしの朝臣、贈太政大臣になして、かのはかに宣命よむべしとの給はす、弁うけ給ぬ、四月にところどころのまつりはてゝ、よき日して、かの大将の御はかに勅使くだりて、やがて修理大夫そひてものすべくあれば、かの君もいでたちまいり給、よき御子もたまひて、故大将のかくさかゆき給ふおぞよの人めでたきことに申ける、かの御いもうとの宣耀殿の女御、〈〇師尹女芳子〉村上の先帝のいみじきものに思ひきこえさせ給ければ、女御にてやみ給にき、おとこみやひとりうみ給へりしかども、そのみやかしこき御なかより出給へるとも見え給はず、いみじきしれものにてやませ給ひにける、その小一条のおとゞ〈〇師尹〉の御むまごにて、この宮のかうおはします事、世にめでたき事に申おもへり、さて四月〈〇長和元年〉廿八日きさきにい給ぬ、〈〇娀子〉皇后宮と聞えさす、大夫などにはのぞむ人もことになきにや、さやうのけしきやきこしめしけん、故関白殿〈〇道隆〉のいづもの中納言〈〇隆家〉なり給ぬ、宮づかさなどきほひのぞむ人なく、物はなやかになどこそなけれ、よろづたゞおなじことなり、これにつけてもあなめでたや、女の御さいはひのためしには、此宮おこそしたてまつらめなど、きゝにくきまで世には申す、〈〇中〉〈略〉いまは小一条いかでつくりたてんとおぼしめす、御門もいまは御ほいとげたる御心ちせさせ給らんかし、かくよろづにめでたき御ありさまなれども、皇后宮にはたゞおぼつかなさおのみこそは、つきせぬことにおぼしめすらめ、同じ御心にやおぼしめしけん内より、
 うちはへておぼつかなさおよとゝもにおぼめくみともなりぬべきかなとあり、かへしに、 つゆばかりあはれおしらん人もがなおぼつかなさおさてもいかにと、