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甲子夜話
四十
林子曰、今茲〈癸未◯文政六年〉十月八日夜、戌刻下り西天に大砲の如き響して、北の方へ行、林子急に北戸お開て見れば、北天に余響轟て残れり、後に人言お聞ば、行路の者は、そのとき大なる光り物飛行お見たりと雲、又数日お隔て聞く、早稲田に〈地名〉軽き御家人の、住居玄関やうの所へ石落て、屋根お打破り、砕片飛散しが、その夜その時の事なりとぞ、最早七八年にも成けらし、是は昼のことにて、此度の如き音して飛物したるが、八王子農家の畑の土に大なる石おゆり込たり、其質焼石の如しとて、人々打砕て玩べり、今度の砕片も同じ質なりと見たりし人雲き、昔星殞て石となりし抔雲ことは、是等のことにもあるや、造化の所為は意外のことなり、前に雲ふ七八年前の飛物は、正しく予〈◯松浦清〉が中の者見たるが、其大さ四尺にも過ぎなん、赤きが如く、黒きが如く、雲の如く、火焰の如く、鳴動囘転して中天お迅飛す、疾行のあと火光の如く、且つ余響お曳くこと二三丈に及べり、東北より西方に往たり、見し者始は驚き見いたるが、後は怖て家に逃入り、戸お塞ぎたれば末お知らずと、林子の言お得て継ぎしるす、