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古事記伝
十三
矢穴は、下国より天上へ射徹たる孔なり、〈古伝の趣おえしらず、かたくなヽる漢意におぼれて、なまさかしき人は、此矢の穴お疑ひて、下国と天上との隔に、板などの如き物あるが如く聞えて、陋しとや思ふらむ、上の御誓段に、堅庭者於向股蹈那豆美と雲ひ、又天之真名井もあり、又畔離溝埋なども、皆天上のことなれば、矢の通り来たる穴も無くばあるべからず、若此穴お陋しとせば、かの堅庭も真名井も畔も溝も、みな陋しからずや、されば延佳が当作天空と雲る、天空こそなか〳〵に陋くこちなけれ、又師(岡部真淵)も此穴おいかヾとや思はれけむ、強て矢之美知と訓れき、道ならむには、いかでか穴とは書む、さばかり古の意およく見明らめて、万世までの師と仰ぐべき人すら、なほかヽれば、古( へ)お知るはよく難きわざになむ、〉