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枕草子
十一
月のあかきにきたらん人はしも、十日、廿日、一月、もしは一年にても、まして七八年になりても、思ひ出たらんは、いみじうおかしとおぼえて、えあふまじうわりなき所、人めつヽむべきやうありとも、かならず立ながらも物いひてかへし、又とまるべからんおば、とヾめなどしつべし、月のあかきみるばかり、とほくもの思ひやられ、過にし事、うかりしも、うれしかりしも、おかしと覚えしも、隻今のやうにおぼゆるおりやはある、こまのヽ物がたりは、何ばかりおかしき事もなく詞もふるめき、見所おほからねど、月にむかしお思出て、むしばみたるかはほりとり出て、もと見しこまにといひてたてる、いとあはれ也、