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徒然草

花はさかりに、月はくまなきおのみ見る物かは、雨にむかひて月おこひ、たれこめて春の行へしらぬも、猶あはれに情ふかし、〈◯中略〉望月のくまなきお千里の外までながめたるよりも、暁ちかくなりて、待出たるがいと心ふかう、青みたるやうにて、ふかき山の杉の梢にみえたる、木の間の影、うちしぐれたる村雲がくれの程、またなく哀なり、椎柴しらがしなどの、ぬれたるやうなる葉のうへに、きらめきたるこそ、身にしみて、心あらん友もがなと、都こひしう覚ゆれ、すべて月花おば、さのみ目にて見る物かは、春は家お立さらでも、月の夜は閨のうちながらも、思へるこそいとたのもしうおかしけれ、〈◯下略〉