[p.0083][p.0084]
筆のすさび

一月蝕 文化壬申〈◯九年〉七月、既望の月蝕は、鏡に匣の蓋お覆ふごとく、東よりかヽり、皆既におよびて、紫色に見えたり、余〈◯菅茶山〉姪万年〈名は公寿、字は万年、俗称は長作、〉こヽろおつけて見しに、月中に一帯の黒気起りて、また暗くなり、復する時、又黒気見えしが、これはそのまヽ剥(おち)たり、其黒気は月中のみにて、外には見えずといふ、乙亥〈◯十二年〉十一月の月蝕皆既の時は、西南よりかヽりて、はじめは盤の中に、墨汁おこぼし入れたるごとく、たヾ黒くして、そことも見えわかず、傍なる星は煉煉たり、