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甲子夜話
四十一
過し年、侍女等の雲けるは、今年は異星東北に現ると人申せり、妾等も見申たるが、洪水の徴なりと人々雲へば、唯々恐しく候と言ふ、予〈◯松浦清〉言には、その星何時の頃か出る、曰亥の前後に現る、因て其夜東北お見るに、折ふし曇て見へず、翌夜又庭に出づれば果して見ゆ、婢の雲く、あれなり、予見るに赤光の大星なり、思ふに定て火星ならん、然れども天文お詳にせざれば、乃司天館に問に、果して火星なり、因て婢輩に示て曰、女の妖星と称る者は、火星とて五星の一にして、日月につぎ且常星なり、変に非ず、古より火お掌る星なれば、何ぞ水災あらんやと雲ば、婢妾みな鍔然として喜ぶ、世人の天お論ずる、混てこの如き事多し、