百草露

十

天保十四年二月
昨七日初昏、西南之方に彗星之芒光にも可有之哉、白気相見え申候、聢与彗星共難見留候得共、此段御届申上候、巾二尺許、長十間許、西より南へ凡十八度、地高凡十五度、右之通見留申候、以上、　足立左内
二月八日
彗星考　去七日初昏、西南之方彗星光芒にも可有之哉、白気相見申候処、篤と彗星とも難見定、其長地平上凡五十度許、猶地下之長は難計、猶一昨八日相窺候処、地際雲多候得ば、雲上光相顕、矢張七日之処と粗同様に御座候間、全彗星可有御座奉存候、右に付考証之処、無差憚申上候様に被仰渡候に付、則相調候処、図書集成之内、按、宋史徽宗本紀五年春正月戊戌、彗星見東方、其長竟〈闕文か〉、按、金史哀宗本紀天興元年閏九月己酉、彗星出東方、色白、其長丈余、彎曲如象牙、出角軫南行、至十二日、長二丈、十三日月燭不見、二十七日五更又出東南、長四五丈、至十月朔日始滅、漢土にも、右等之類有之、本邦にも、醍醐天皇延喜五年四月、彗星見る、長さ三十余丈、光芒巽方、或長竟天、至五月初旬始不見、〈扶桑略記〉近頃明和六年七月中より相見候彗星、其長七尺余と旧記に相見候、蘭書すいろいく之内、西洋千六百九十五年〈我邦元禄八年乙亥に当る〉十月廿八日朝ふらしるれ〈地名〉於港に、日出一時前に、東方に於て彗星お見たり、其頭お見る事あたはず、十月三十日、此彗星お、しらたあ〈地名〉に於て見えずと申候得ば、漢土并西洋之記録に符合仕候付、此度相見候白気は、彗星御座候得ば、右等之類と奉存候、猶古来より、凶年之由申伝候得共、西洋近来之説にては、彗星行道之天有之趣相見候、天変災害之儀にては御座有間鋪奉存候、依之申上候、二月　足立左内