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枕草子

二月つごもりがた、雨いみじうふりてつれ〴〵なるに、御物いみにこもりて、さすがにさう〴〵しくこそあれ、物やいひにやらましとなんの給ふと人々かたれど、よにあらじなどいらへてあるに、一日しもにくらしてまいりたれば、よるのおとヾに入せ給ひにけり、〈◯中略〉すびつのもとにいたれば、又そこにあつまりいて物などいふに、何がしさぶらふといとはなやかにいふ、あやしくいつのまになに事のあるぞととはすれば、殿守づかさなり、たヾこヽに人づてならで申べき事なんといへば、さし出てとふに、是頭中将殿のたてまつらせ給ふ、御かへりとくといふに、いみじくにくみ給ふお、いかなる御文ならんとおもへど、たヾいまいそぎ見るべきにあらねば、いね、今きこえんとて、ふところにひきいれていりぬ、猶人の物いふきヽなどするに、すなはちたちかへりて、さらば其ありつる文お給はりてことなんおほせられつる、とく〳〵といふに、あやしくいせの物がたりなるやとて見れば、あおきうすやうにいときよげにかき給へるお、心ときめきしつるさまにもあらざりけり、らんじやうの花の時、きんちやうのもとヽかきて、末はいかに〳〵とあるお、いかヾはすべからん、御まへのおはしまさば御らんぜさすべきお、これがすえしりがほに、たど〳〵しきまんなに書たらんも見ぐるしなど思ひまはすほどもなく、せめまどはせば、たヾ其おくに、すびつのきえたる炭のあるして、草のいほりお誰かたづねんとかきつけてとらせつれど、返事もいはで、みなねて、つとめていととくつぼねにおりたれば、源中将のこえして、草のいほりやある〳〵とおどろ〳〵しふとへば、などてかさ人げなきものはあらん、玉のうてなもとめ給はましかば、いできこえてましといふ、〈◯下略〉