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北越雪譜
初編上
沫雪 春の雪は消やすきおもつて沫雪といふ、和漢の春雪消やすきお、詩歌の作意とす、是暖国の事也、寒国の雪は冬お沫雪ともいふべし、いかんとなれば、冬の雪はいかほどつもりても、凝凍ことなく、脆弱なる事淤泥のごとし、故に冬の雪中は橇、縋お穿て途お行、里言には雪お漕といふ、水お渉る状に似たるゆえにや、又深田お行すがたあり、初春にいたれば、雪悉く凍りて、雪途は石お布たるごとくなれば、往来冬よりは易し、〈すべらざるために、下駄の歯にくぎおうちて用ふ、〉暖国の沫雪とは、気運の前後かくのごとし、