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北越雪譜
初編上
雪意(ゆきもよひ) 我国〈◯越後〉の雪意は暖国に均しからず、およそ九月の半より霜お置て、寒気次第に烈く、九月の末に至ば、殺風肌お侵て冬枯の諸木葉お落し、天色せう〳〵として、日の光お看ざる事連日、是雪の意也、天気朦朧たる事数日にして、遠近の高山に白お点じて雪お観せしむ、これお里言に岳廻といふ、又海ある所は海鳴り、山ふかき処は山なる、遠雷の如し、これお里言に胴鳴りといふ、これお見これお聞て、雪の遠からざるおしる、年の寒暖につれて、時日はさだかならねど、たけまはり、どうなりは、秋の彼岸前後にあり、毎年かくのごとし、雪の用意 前にいへるがごとく、雪降んとするお量り、雪に損ぜられぬ為に、屋上に修造お加へ、梁柱廂〈家の前の屋翼(ひさし)お里言にらうかといふ、すなはち廓架なり、〉其外すべて居室に係る所力弱はこれお補ふ、雪に潰れざる為也、庭樹は大小に随ひ、枝の曲べきはまげて縛束、椙丸太又は竹お添へ杖となして、枝お強からしむ、雪折おいとへば也、冬草の類は菰筵お以覆ひ包む、井戸は小屋お懸、厠は雪中其物お荷しむべき備おなす、雪中には一点の野菜もなければ、家内の人数にしたがひて、雪中の食料お貯ふ、〈あたたかなるやうに土中にうづめ、又はわらにつヽみ、桶に入れてこほらざらしむ、〉其外雪の用意に種々の造作おなす事、筆に尽しがたし、