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北越雪譜
初編上
雪頽 山より雪の崩頽お、里言になだれといふ、又なで(○○)ともいふ、按に、なだれは撫下る也、るおれといふは活用ことばなり、山にもいふ也、こヽには雪頽ゆきくづるの字お借て用ふ、字書に頽は暴風ともあれば、よく協へるにや、さて雪頽は雪吹に双て、雪国の難義とす、高山の雪は里よりも深く凍るも、又里よりは甚し、我国東南の山々里にちかきも、雪一丈四五尺なるは浅しとす、此雪こほりて岩のごとくなるもの、二月のころにいたれば、陽気地中より蒸て解んとする時、地気と天気との為に破て響おなす、一片破て片々破る、其ひヾき大木お折がごとし、これ雪頽んとするの萌也、山の地勢と日の照すとによりて、なだるヽ処と、なだれざる処あり、なだるヽはかならず二月にあり、里人はその時おしり、処おしり、萌お知るゆえに、なだれのために擊死するもの希也、しかれども天の気候不意にして一定ならざれば、雪頽の下に身お粉に砕もあり、雪頽の形勢いかんとなれば、なだれんとする雪の凍、その大なるは十間以上、小なるも九尺五尺にあまる、大小数百千悉く方おなして、削りたてたるごとく〈かならず方おなす事、下に弁ず、〉なるもの、幾千丈の山の上より一度に崩頽る、その響百千の雷おなし、大木お折、大石お倒す、此時はかならず暴風力おそへて、粉に砕たる沙礫のごとき雪お飛せ、白日も暗夜の如く、その栗しき事、筆紙に尽しがたし、