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北越雪譜
初編中
ほふら 我塩沢の方言に、ほふらといふは、雪頽に似て非なるもの也、十二月の前後にあるもの也、高山の雪深く積りて凍たる上へ、猶雪ふかく降り重り、時の気運によりて、いまだこほらで沫々しきが、山の頂の大木につもりたる雪、風などの為に一塊り枝よりおちしが、山の聳に随ひて転び下りまろびながら、雪お丸(まろめ)て次第に大おなし、幾万斤の重きおなしたるもの、幾丈の大石お転し走がごとく、これが為に、あわ〳〵しき雪おしせかれて、雪の洪波おなして、大木お根こぎになし、大石おもおしおとし、人家おもおし潰す事しば〳〵あり、此時はかならず暴風雪お吹きちらし、凍雲空に布て、白昼も立地に暗夜となる事、雪頽におなじ、なだれは前にもいへるごとく、すこしはそのしるしもあれば、それとしるめれど、此ほふらはおとづれもなくて落下るゆえ、不意おうたれて逃んとすれば、軟なる雪深く走りがたく、十人にして一人助るは希也、幾十丈の雪、人力お以て掘ることならざれば、三四月にいたり、雪消てのち、死骸お見る事あり、ほふらお処によりて、おほて(○○○)、わや(○○)、あわ(○○)、ははたり(○○○○)ともいふ、山家にてはなだれほふらお避んため、其災なき地理おはかりて家お作る、ほふらに村などつぶれたる奇談、としごろ聞たるがあまたあれど、うるさければしるさず、