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甲子夜話
二十四
又前人〈◯市川一学〉信州にも居たりとて語る、信越の雪は世に雲ふ如くなり、雪次第に降積るゆえ、その深さ凡六丈にも及ぶべし、されども下のかたより、いつき堅まるゆえ、春になりても一丈四五尺が程ならではなし、その雪の解るところは、江都などの雪解のさまとは異にして、雪の中に一筋に往来の道つく、それは土出て細道おなせど、道の左右は猶四五尺ほど高く積たる雪、そのまヽ有り、それがいつ解るともなく、漸々にひきく成るは、自然に土中にしみ入て消ゆくなり、そが間は江都などの如く、道塗ぬかることはなしとなり、かの深雪の消るもの、此地の如く解け流るヽほどならば、道路の泥濘行人絶ぬべきに、造化の妙にて、道路は乾きたるまヽにて、消尽き行人の妨とならず、不思議の一つとや雲はんと、