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甲子夜話

先年竜まきとて暴風雨ありしとき、諸船この難に遭もの多し、或老侯家根舟にて大川に遊居しが、白鬚祠の辺とか此風に遭たり、川水すさまじく巻かへり、其舟お空中にまき揚ぐること一丈余にやありけんと雲、其時舟中に侯の妾もありしが、心かしこき者にて、わが腰帯お解き、侯お舟の柱に結つけたり、やがて舟は一と落しに、川中に墜たるに侯は何事もなかりしが、髪の元結切れたりと雲、同舟の人に溺者もありと聞けり、