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源氏物語
二十八野分
野分例のとしよりもおどろ〳〵しく、空の色かはりてふきいづ、花どものしほるヽお、いとさしも思ひしまぬ人だに、あなわりなと思さはがるヽお、まして草むらの露の玉のおみだるヽまヽに、御こヽろまどひもしぬべくおぼしたり、おほふばかりの袖は、あきの空にしもこそほしげなりけれ、くれ行まヽに物も見えず、吹まよはしていとむくつけヽれば、みかうしなど参りぬるに、うしろめたくいみじと、花の上お覚し歎く、〈◯中略〉人々まいりて、いといかめしう吹ぬべき風には侍り、うしとらの方より吹侍れば、このおまへはのどけき也、むまばのおとヾみなみのつり殿などは、あやうげになんとて、とかくことおこなひのヽしる、中将はいづこより物しつるぞ、三条の宮に侍りつるお、風いたく吹ぬべしと、人々の申つれば、おぼつかなさになん参りて侍つる、かしこにはまして、心ぼそく、かぜの音おも今はかへりて、わかきこのやうにおぢ給めれば、こヽろぐるしきに、まかで侍なんと申給へば、げにはやまかで給ね、おいもていきて、またわかうなること、世にあるまじきことなれど、げにさのみこそあれなど哀がり聞え給て、かうさはがしげにはべめるお、このあそんさぶらへばと、思たまへゆづりてなど、御せうそこ聞え給、みちすがらいりもみするかぜなれど、うるはしく物し給ふ君にて、三条の宮と、六条院とに参りて、御らんぜられ給はぬ日なし、うちの御物いみなどに、えさらずこもり給べき日よりほかは、いそがしきおほやけごと、節会などのいとまいるべく、ことしげきにあはせても、まづこの院にまいり、みやよりぞいで給ければ、ましてけふかヽる空のけしきにより、風のさきにあくがれありき給もあはれにみゆ、みやいとうれしくたのもしとまちうけ給て、こヽらのよはひに、まだかくさはがしき野分にこそあはざりつれと、たヾわなヽきにわなヽき給、おほきなる木のえだなどのおるヽおともいとうたてあり、おとヾのかはらさへのこるまじう吹ちらすに、〈◯下略〉