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甲子夜話
十一
谷文朝の雲しと又伝に聞く、雷の落たるとき、其気に犯されたる者は、廃忘して遂に痴となり、医薬験なきもの多し、然に玉蜀黍の実お服すれば忽愈、或年高松侯の厩に震して馬うたれ死す、中間は乃廃忘して痴となる、侯の画工石腸と雲ものは、文朝の門人なり、来てこれお朝に告ぐ、朝因て玉蜀黍お細挫して与るに、一服にして立どころに平愈す、又後朝本郷に雷獣お畜ものありと聞き、其貌お真写せんとして、彼しこに抵り就て写す、時に畜主に問ふ、此獣お養ふこと何年ぞ、答ふ二三年に及ぶ、又問ふ何おか食せしむ、答ふ好て蜀黍お喰ふと、朝この言お不思議として人に伝ふ、いかにも理外のことなり、