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ねざめのすさび

蜃気楼 本草雲、蜃蛟之属、其状亦似蛇而大、有角如竜状、紅鬣、腰以下鱗尽逆、食燕子能吐気、成楼台城郭之状、将雨即見、名蜃楼、亦曰海市、〈史記天官書、海傍蜃気象楼台、〉其脂和蝋作燭、香凡百歩、烟中亦有楼台之形としるせり、しからば海中にて気お吐ものは、蛟の如きかたちせる蜃といふものなり、大なる蛤おも〈西川如見怪異弁断雲、蜃は大蛤と訓ず、然れども今俗雲、蛤蜊の義には非ず、兎角大なる貝と見えたり、其貝の息お吐出すに、日の光に映じて、楼台の象現するものなりといへり、〉蜃といへるより混じて、おぼえたる人の、蛤のうへに楼台のかたおえがきたるお見て、蜃気楼なりといへるはあやまりなり、さてかの蛤に楼台おとりあはせてえがきたるは、絵師のあやまりならず、別に故事ある事なり、金蔵経に雲、仏在胆波国迦羅池辺為衆説法、一蛤草下志心聴受、有人持杖誤中蛤頭、尋即命終生於天上、感其宮殿広十二由旬、得宿命通知曾為蛤、乃乗宮殿礼仏報恩とあり、もと死したる蛤の魂気天にのぼりて、宮殿お見るさまおえがきたるお、蜃楼と見あやまりたるは、笑ふべきことぞかし、