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厳島図会

蓬萊巌 聖崎おはなれて海水のうへにたてり、巌上に古松数株ありて海風にもまれ、容姿おのづから造りなせるがごとし、世に画がくなる蓬萊山といふものに似たり、故に名とす、また別に蓬萊と称するものあり、三四月の頃、風恬(しづ)かに波穏かなる時、此処より浮出づ、その粧ひ金銀瑠璃お以て砂とし、其上松柏生茂り、或は宮殿楼閣の象ありて、其荘厳たぐへん物なし、光明海上に彩きわたりて次第に消滅す、いまも往々是お見る人あり、多くは丑日に現ずといふ、その由縁お知らず、近世橘南谿が著せる西遊記に、安芸国に蜃楼ありといへるは、恐らくは是おいふなるべし、