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倭訓栞
前編六加
かげろひ かぎろひとも見ゆ、陽焔おいふ、影る日の義也、野馬も遊糸も同じ、万葉集に炎字おもよめり、火影也、かげろひてとはたらかしてもいへり、古事記にかぎろひのもゆる家むらとよみたまふは、人家の火炎おいふ也、万葉集にかげろひのもゆる荒野といへるは、荒野によれば葬火也、かげろふ 中比よりかげろひお転じたる詞也、かげろふのもゆる春日などいふは、楞伽経にいへる春時焔也、雲にかげろふなどいふは陰する意也、ろふ反る、かけると同じ、古事記の歌に、夕日のひかげる宮と見えたり、祝詞には夕日の日隠処とあり、菅家万葉集に遊糸およめり、かげろふのそれかあらぬかとよめる是也、詩にも天外遊糸或有無と見えたり、かげろふのあるかなきかなどいふは蜻蜓おいふ、倭名抄、日本紀に見ゆ、童蒙抄に、黒きとうばうのちひさきやうなる物といへり、今も蜻蜓の一種極めて細小なる物おいへり、本草にも蜻蜓言其状怜仃也とみえたり、水辺の木陰にすみて、その飛貌の欵々と水に点じ、閃々と電のごとくなれば、陽炎に比していへるなり、万葉集に蜻火とも玉蜻とも書て、かげろひとよめる也、かげろひの磐垣淵とつヾけたるも此義なるべし、玉蜻は蜻蜓が目お土に埋おけば、青珠となるよし、博物志に見えたりとぞ、又灯火の一名蜻蜓眼といへる事、家瑞記に見えたり、蜉蝣おいふは、蜻蜓より転じたる也、