[p.0325][p.0326]
円珠庵雑記
かげろふに三つあり、野馬と蜻蛉と今ひとつは、ゆふぐれに命かけたるなどよめるやう蜉蝣にやと覚し、されどそれおば和名にも、ひおむしとのみいへり、万葉にかげろふの夕とつヾけたるは蜻蛉なるお、よくも見ずして、かげろふといふ名のはかなく聞ゆれば、ひおむしの別名かなど、思ひたがへてよみなしけるにや、真淵(頭書)雲、かげろひは本はかげろひ火なり、古事記に難波の宮に火つきたるお、かぎろひのもゆるいへむらとよませ給ひ、万葉にかげろひのたヾ一目のみ見し人とも、かげろひの岩がきふちともよめるも、はしり火石の火なり、また万葉に東の野に炎(かげろひ)の立ちみえてとよめるは、明くる天の光なり、かげろひの夕さりくれば、かげろひの日もくれ行かばとよめるは、夕日の光なり、かげろひのもゆる春とよめるは春の陽炎なり、俗にいとゆふと雲ふ、又蜻蛉おもかげろひといへば、万葉にかげろひてふ所にかりて書ける多し、然ればかく多きが中に、火と日と陽炎と蜻蛉と四つありといふべしや、蜉蝣おかげろふといへるはいと誤なれば、数には入れずて、誤のよしはいふべきなり、又古事記にかぎろひといひたれば、きとけとは通はしいふべけれど、下のひおふといふはよろしからず、