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宴曲抄

双六
我朝の近比、道々に長ぜる人お得給、一条の院の御宇とかや、主殿寮に侍し丹治の比手勝は、双六の誉世に勝、名お又異朝におよぼし、芸お化人に感ぜしむ、時は南呂無射かとよ、此正に長夜もすがら、独明月にうそぶき、大内山に木隠、彼方此方にさすらひて、右近の馬庭お行過、縁の松原にたたずむに、松嵐稍に冷敷、虫の音薮にしげくして、五更に夜閑なりしに、松の上に声有て、女が好長ずる道お感じて、昔の殷の目揚令こゝに来れり、恐るゝ事なかるべし、雌雄お決せんと望しかば、比手勝更に恐ず、則勝負に向て、はるかにときおうつすまで、数お競て良久し、夜既に明なんとせしかば、日比の執心是なりと、慇にかたらひお成つゝ、紺碧瑠璃犀角の調度おかたみとおぼしくて、天の戸の明行空の横雲に、入にし事ぞ不思儀なる、