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還魂紙料

浄土双六附冶良双六、冶良紋楊枝、道中双六、
貞享元禄の書目錄に、浄土双六、同懐中、道中双六、野良双六(○○○○)とならべ出せり、〈○中略〉野良双六は延宝の比よりあり、〈其証下に見えたり〉天和の書目錄に誤て漏しゝにやあらん、〈○中略〉
京都の俳士伊藤信徳江戸に来り、松尾桃青、山口信章〈素堂の実名〉と、三吟の三百韻お催す、于時延宝六年、是お江戸三吟と題て上木す、其巻のうちに、
前句 風青く楊枝百本けづるらん 桃青
附句 野良ぞろひの紋のうつり香 信章
又附 双六の菩薩もこゝに達(だて)すがた 信徳
〈今はかゝる附意お嫌へど、是延宝の調にて、昔お考るには却て便あり、〉
此附意お按るに、楊枝に野良の紋と附たるは、野良紋楊枝なり、紀子大矢数〈延宝五年独吟〉〈前句〉、息のくさきも伽羅のかおり歟、〈附句〉、絞楊枝十双倍に売ぬらん、又西鶴大鑑〈貞享四年印本〉七の巻に、えびす橋筋に根本浮世楊枝とて、芝居の若衆の定紋おうちつけ置しに、それ〴〵のおもはく、其子に枕のかたらひ及びがたき人、せめては心晴しに、此紋やうじお手にふれて雲々とあるお、てらし合て考べし、さて野良揃の紋といふに、双六と附たるにて、前の書目錄の条に論ぜしごとく、当時〈延宝おさす〉既に野良双六おもてはやしゝお思ふべし、浄土双六の菩薩も、野良揃ひの達姿(だてすがた)に移りかはりしといふ吟にて、此三句の渡り、延宝の昔お見るが如し、
類柑子 〈前句〉痩たうて夷もくはぬ花盛 其角
〈附句〉これぞ雨夜の野良双六 琴風
かゝる句もあれば、野良双六といふもの、元禄の頃までは存在せしなるべし、