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一話一言
二十二
碁打の花見
きさらぎ中比、四方の花ざかりなりとて、京中の男女、老たるも若きもいさみあへる、我も友びとに誘れ、先東山の花と急ぎ、四条河原鼠戸の前おゆくに、上下となく立こみて、ゆくとも帰るともあしもとおしられず、かちくくゞり出て、祇園の桜門に立やすらひ、おくれし友お相待けるに、我よりさきだちて、いづくともしらぬ人ふたり、心しづかにみえて、打かたらひゆけり、ひとりは色白(○)なる男と、ひとりは色黒(○)き人也、井垣のもとに、まだつぼみたる花あるおながめ入て、色白なる男のいふ、
ひらかざる(○○○○○)花のかたちや重(てう/○)か半(はん/○)
跡に先に諸人のゆくお見て、黒き男、 我がち(○○)につゞきて出る花見哉
林に幕おうたせける人のあるお見て
幕串はすみかけてうて(○○○○○○○)花の下 白
ふしぎなる事おいふ人々かな、此句作おきくに、皆碁の手の詞也、日ごろ碁の友にて遺恨は有ながら、互ににくからぬ中なれば、けふは打つれ出づるが、かゝるいひすてまでもはげむにやと推し(○○)たり、そこにて彼二人がつれたる供の者どもおよびて、女らは清水山に行て花の陰に待べし、芝居は何人のおさゆる(○○○○)ともおしてとれ(○○○○○)、先おとらるゝな(○○○○○○○)といひて、
花によき所おとるや先手後手(○○○○) 黒
人々の入こまんに、幕お打て、したおはふ(○○)て出入せよといひつけて、
遊山する地おやぶられな(○○○○○○○)花の陰 白
おかしき事と思ひ、猶跡おしたひてきく程に、かたわらに幕打まわし、大勢ならびいたる中に、おさなき人影も見へて、うたひまふ声しければ、
児や花のぞき手(○○○○)もがなまくの内 黒
花見にはせめあひ(○○○○)なれや順の舞 白
中手(○○)こそならぬ花見のまといの場 黒
此二人の知たる人ひとり、たど〳〵しくゆくお見付て声おかけけれど、しらず過ければ、
手おうつ(○○○○)おしらざるは何花の友 白
つひには此人もあいつれて
見おとし(○○○○)おせぬやなみ木の花ざかり 黒
あれお見ん、これおといふおきゝて、 四町(○○)にやかゝりがましき花の友 白
清水の花はけふお盛也、其中にかつ咲残りたるもめり、又枯て時しらぬもまじれりけるお、
所々だめ(○○)おさゝいやはなざかり 黒
いたみてやまだ目おもたぬ(○○○○○)花の枝 白
塩竈といふは、大かた散過たるお、
あげはま(○○○○)となるしほがまの桜哉 黒
援に垣ゆひまはし、あたりへ人およせざるあり、色ことさらにみえければ、
守るてふ関(○)はやぶらじ花盛 白
山に行て、援かしこに酒盛しけるお、
さしかはす花見の酒やかたみ先(○○○○) 黒
よわからぬ相手(○○○○○○○)もがもな花見酒 白
花にえいて皆持(○)となるや下戸上戸 黒
あまりに呑過して、帰るさうたてかるべし、ひかへられよといふて、其のむ人にかはりて、
興さむるかため(○○○)はいかに花の酔 白
此三人も、おのが芝居に入て盃さし出けれど、ひとりは下戸とみえて、さかづきおもとりあへねば、
さかづきは打て返し(○○○○)よ花の友 黒
あれなるお一枝おりて、家づとにせまほしけれど、人の見るめ、おとなげなし、おらじといへば、後にあいたる友のいふ、これ程たくさんなる花なれば、何のくるしかるべき、たゞ〳〵おられよといへりければ、 花の枝は助言(○○)のごとく切てとれ(○○○○) 白
おる人にはねかけよ(○○○○○)かし花の露 黒
よそお見る顔しておるや打かひ手(○○○○) 白
折えたる花や梢の猿はひ手(○○○○) 黒
花守のとがめたらん時には
手(○)お見せよおるかおらぬか花の枝 白
花守やおるお見付て追おとし(○○○○) 黒
見とれては目あり目なし(○○○○○○)よ花の色 白
花あらば這(○)ても見まし岩根道 黒
打(○)はさめちる二またのはるの雪 白
高みよさ飛手(○○)にちるな花の枝 黒
木ずえまでわたり手(○○○○)もがな花盛 白
手づから茶おたてゝ
こう(○○)たてゝ見るは花なる白茶哉 黒
家の内にて、ちいさき枝お見るさへうれしきに、まして此遊山はとて、
花少しいけ(○○)てだに見し竹のふし 白
けふ此山に打むれたる人々、いくらにやといひて、
もく算(○○○)のならぬ群集や花の山 黒
種や人まくに及ばぬはる(○○)の山 白
夕日にはむかへど花はひがし山 黒けふ此二人のおかしき手あひおみて、こなたには何事も思ひよらず、あまりほいなさに、
斧の柄は朽ぬにもどる(○○○○○○○○○○)花見哉
完文二年三月中旬 立甫