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古今著聞集
十二/博弈
建長五年十二月廿九日、法深房のもとに形部房といふ僧有、かれとふたり囲碁お打ける程に、法深房の方の石、目一つくりて其うへこうお立たりければ、たゞにはとらるまじといはれけり、形部房雲、目は隻一也、こう有とても又目つくるべき所なし、そばにせめあふ石もなし、にげて行べき方もなし、いかでかとらざらんと、法深房が雲、それはさる事なれ共、外に両こうの所有、是おこうにしいたらんずれば、まさる敵お取て勝べし、両こうの石おおしまれば、目一のうへのこうつがさすまじければ也、形部房雲、両こうはさる事にて候へ共、それおたのみて目一の石いくまじきおせめて候へと候〈○候原脱、今拠一本補、〉いはれなき事也と、たがひにあらそひて、ことゆきがたきによりて、懸物お定めてあらがひに成にけり、当世囲碁の上手共にことはらせける、先備中法眼俊快にとひたりければ、両こうにかせう一つとはこれが事なり、法深房の理り也と定めつ、次に珍覚僧都にとふに、又法深房の理也とさだむ、次に如仏にことはらするに、判に雲、目一ありといへ共、両こうのあらんには、死石にあらずといへり、自筆に勘て判形くはへておくりたりけり、此上は又判者なければ、法深房の勝に成りてげり、形部房懸物わきまへ風呂たきなどして、きらめきたりけり、抑しはすの二十九日、さしものまぎれの中に、囲碁おうつだに、打まかせては心付なかりぬべきに、所々人つかひおはしらかして判ぜさせけるこそ、罪ゆるさるゝ程の数奇にて侍れ、俊快法眼は感歎入興しけるとぞ、