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因雲碁話

聖目の事
囲碁贏輸なきお持碁といふは正字にあらず、歌合に勝負左右にこれなきお持ちといふにならへるなるべし、然れども囲碁三十二宇釈義おみれば、持はせきのことおいふなり、持碁の正字は芇なり、通玄集に、勝敗なきお芇といふとあり、又停路お芇と為とも見えせり、停は定なり、違はぬと雲ふ意なり、芇はものお二つ分にするお雲ふ、本邦にて勝て路多きお中押勝(○○○)といふ、〈○中略〉
駿府大御所様御前に於て、本因坊利玄坊との囲碁に、四十九目勝と、算砂が勝負記にあり、中押勝もあり、思ふにこれは、大御所様何程の勝ちかつくりて見よと、御意ありしなるべし、当今にても負方の任意なれども、二十目以下は止合するなり、又慥に負としれば、十目余なれば中押負にするものもこれあるなり、古譜に於て余が観たる大負は、算哲が道策に廿五目負、右同人道悦に廿二目負、仙徳が烈元に三十一目負、是れは相良侯〈田沼殿〉にての囲碁なり、互にはやき性質故、四時より囲み初め、八つ時半に畢、目算お不為故なりといへり、然れども高段の囲碁には、不相応戒むべく、また恥づべきことなり、算節が知得との囲碁に、四目負の碁お不止合、中押にせしは奇異のことなり、是れは勝ちにも成るべくおもふ碁おまけしゆえ、憤怒せしなりといへり、その碁お見るに、双方気骨ありて頗る有趣、希なる事故其の譜お載せたり、