[p.0079]
増鏡
一/おどろの下
かくて院〈○後鳥羽〉のうへは、〈○中略〉御碁うたせ給ふついでに、わかき殿上人どもめして、これかれこゝろのひき〴〵に、いどみあらそはさせ給へば、あるはこゆみしゆぐろくなどいふことまで、思ひ〳〵にかちまけおさうどきあへるも、いとおかしう御らんじて、さま〴〵のけうあるのり物ども、たうでさせ給ふとて、なにがしの中将お御つかひにて、修明門院〈○後鳥羽后藤原重子〉の御かたへ、なにゝてもおのこどもにたまはせぬべからん、のり物と申されせるに、とりあへず、ちいさきからびつのかなものしたるが、いとおもらかなるおまいらせられたり、この御つかひのうへ人、なにならむといといぶかしくて、かたはしほのあけて見るに銭なり、いと心えずなりて、さとおもてうちあかみて、あさましとおもへるけしきしるきお、院御らんじおこせて、あそんこそむげにくちおしくはありけれ、かばかりの事しらぬやうや〈○や原脱、今拠一本補、〉はある、いにしへより殿上ののりゆみといふことには、これおこそかけ物にせしか、さればいまかけものと聞えたるに、これおしもいだされたるなん、いにしへの事しり給へるこそ、いたきわざなれとほゝえみてのたまふに、さはあしくおもひけりとこゝちさはぎておぼゆべし、大かたこの院のうへは、よろづのことにいたりふかく御心もはなやかに、物にくはしうなどぞおはしましける、