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因雲碁話

本因坊家什宝の事
本因坊の家にて例年正月、松の内床に掛る画軸あり、養朴が筆にて楊貴山の肖像なり、〈○中略〉又床の間の上面に、ところの盤と称するものお置く、盤上の碁笥は金梨子地菊桐の紋なり、左に置くは、浮木の盤と称して、形の厚きよりおもひ合すれば、甚だ軽きものゆえ名づけし成べし、右の方に置くは、糸柾と唱ふる柏の碁盤、奩は極上の金なしぢにて、葵の御紋なり、浮木の盤上に置く碁笥は、黒漆金まき絵、桜楓の写真なり、さくらの方は鷹司左大臣殿、
君が代に逢ふべき春はおほけれどちるともさくらあくまでぞ見む
楓の方は近衛右犬臣殿
色ふかきやしほの岡のもみぢ葉はこゝろおさえにそめて見るかな右両大臣仰せ合はされ、一双づゝ一双の碁笥なり、珍宝といひつべし、其の寵遇のあつきお思ふべし、
右ところの盤と菊桐紋の二具は、始祖算砂法印本因坊へ、豊臣太閤より賜るものなり、さくら楓一双の碁笥は、近衛鷹司両大臣より恩賜なり、金梨子地葵の御紋の碁笥は、東照宮より賜ふとも、或は台徳廟よりたまふとも、両説ありて未詳ならず、