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梅園叢書
碁将棊に遊ぶ人の針
碁象棊握槊、その品はかはれども、人の心お奪ふ事は同じ、或は一二の遊侶お迎へ、或は旅路の憂おわすれ、鬱おひらき生お慰めんにはよし、又何もつとむるいとなみもなく、手お共き人ごとなどいはんよりは、物と相忘れんはよかるべし、平生の勢力お是につくしてんは、その器小きに似たり、誠に局にのぞむときは、盛衰勝敗ありて、甚おもしろきものゆえ、夜のあけ、日のくるゝもしらざる物なり、よりて是お木野狐ともいへり、晋の陶侃といひし人、枰お江にしづめしも、事に害ある事お察してなり、近頃黒田如水軒、石田三成と怨おむすばれしも、その事碁より起れり、畠山が讒にあひしも、平賀武蔵守と六郎重保と碁お争ふよりおこれり、さいへばとて、此事しらざれといふにもあらず、身謙り、人と争ひいかる心おやめて遊ばゞ、時として養生の道ともなるべし、