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可笑記

むかし、さる人のもとに、人々寄合碁おうてり、その中にもすぐれて碁ずきなるといふ人のふぜいお見聞こそおかしけれ、かの人、ごにさへうちかゝれば、万の用所お正(はた)とかき、こうくわいする事かぎりなし、何ぞ物おみすれば、当座はたしかに見たると雲て、後にとへば、何でもみぬと雲あらそひ、又のみ食物おあたふれども、はら十分にのみくふて、後にとへば、其味の五味おしらず、或はかしらの上に火おつけ水おながせども、夢にもわきまへしらず、たゞ碁にわるくすきて、なぐさみと雲事お覚えず、げにも〳〵聖人の詞に、心こゝにあらざれば、きけどもきかず、みれどもみず、食すれどもあじはひおしらずと、此外此心持、万事に心得らるべし、