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因雲碁話
十二
金春大夫御答の事
本因坊道智、中将棊は聖所に至るといふ、一時中将棊お能くするもの、本因坊お尋ね来たる、某は長崎より罷り越し候、中将棊御達人と承り、御手合仕度と申入れ、本因坊対面様子尋ね候ところ、其の者申すは、九州四国は勿論、五畿東海道、此の道に高名の人々へは、必ず相尋ね手合仕り候処、更に敵手に足り候ものこれなきよしにて、甚だ自慢の顔色なり、是れまで指し候将棊、一二局つくり見せ候やう申、試に熟覧するに、本因坊軽親して手合致すべくと申に付、彼の者対駒にて仕べく候哉と申す、本因坊曰く、奔王お落し可然といふに、彼の者驚く、奔王は飛角のきゝお兼たる駒なり、如何むぞ左やうの敵手、天下にこれあるべしとも覚へず候と、不得心の気色なり、然ども其位の様に見ゆるとありければ、そのもの憤りながら手合に及びけるに、本因坊負たり、其日は一局にて止みぬ、四五日過ぎて来るべしと約して、その日に至りければ、また指しけるに、また本因坊負たり、そのものいよ〳〵大言して帰りぬ、また重ねて約束の日になりて指けるに、今度は三番さして三局ともに其の者負たり、是れ其のもの量おはかりて工夫ありしと見えたり、援に於て長崎の者舌お吐て大に驚き感じ入り、他国遊歷に及ばず、直に帰国せしとなり、仙角が盤上の聖なりと雲ひし果然たり、