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芸術要覧

援に我たま〳〵東寺の辺に遊ぶ事ありしに、翁弐人将棊おさすお見る、其駒いづれもかたち異なり、三角あり、四角あり、宝珠形、半月、細長、横平く、六角あり、八角有り、十二角有、十六角あり、剣形有り、菊形あり、矢玉刀鑓の形も有り、数枚の駒、悉くかたちかはれり、又駒に名、又字もなし、是はいかにと雲に、翁是は智恵将棊と雲ふ、此形によつて其きゝお定む、夫物はかたちによりて行おなす、大人は大人の働おなし、小人は小人のわざおなす、円きは円きはたらき、四角は四角、夫々のわざ、其徳備る事かたちによれり、〈○中略〉我問ふ、かたちに随て其行おなすは勿論なり、然るお智恵将棊と雲はいかにと、答て、其行かたちに随ふ事、人之知るといへども、其かたちに応ずる働おしらず、又は其形おはなれての妙ある事ありといへども、猶更得がたし、たとへば業芸の名人とても、身体手足はかはる事なけれども、其身体手足のまつたき用るわざおしらざるゆへ、同じ五体具足しても上手下手あるがごとし、此将棊専其形に応じつかふゆへ、智恵将棊となづく、〈○下略〉