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諢話浮世風呂
前編下
午後の光景
〈後兵衛〉今飛車角二枚渡したもんだから、弱り切たあ、酒落も出ねへ、 〈先〉飛車と角で将棊は指ぬつ、こつちは王お取やすつ、それ王手、 〈後〉そこで合馬さ、おつと待たけ、 〈先〉きたねへ将棊だなあ 〈後〉銀は惜い、こゝは桂馬で、それそつちが王手だ〳〵、 〈先〉いま〳〵しい奴だ、やつはり銀にしておけば能のに、 〈後〉へヽん妙手お指てな、なあ逃ろ〳〵、能か〳〵、迸たな、そこで何お打てやらうな、やもう一間角お突込め、 〈先〉角お突込めとお出なすつたか、いや角お突込めとお出なされたかつ、そこでと、かう打、あれで取るか、斯う来る、あゝ行く、若引たら尻からぴたりと、まづなんでも遣て見ろと、 〈後〉はヽあおつな事おして来るな、飛車手王手がはづれたら、銀お奪取る計略だな、 〈先〉なに飛車もいらぬのさ、 〈源〉此手合の将棊は、王お詰やうとはしねへで、飛車と角ばつかり惜がつて居るぜ、これ駒ばかり抓で居ずと、有つたけ打つれな、 〈先〉はてだまつて見なさいつ、女等がしる所にあらずだ、さあ〳〵早くしねへか、下手の考休むに似たりだ、 〈後〉なんのちつと能手おさすと洒落らあ、下手の考休むに似たり、〈べい引と口まぬ〉や此計究て好だぞ、それ来い、 〈先〉や取れ取れ 〈後〉いや遣れ〳〵遣つてさせかい 〈先〉取てさせ〳〵つ、能(いゝ)な〳〵、つりや王手、や逃たな逃たな、逃たの内に横木瓜つ、いや逃たの内に横木瓜つ、どうしてくれうな、是で行うか、あれで行うか、まづ斯う行け、やきび助〳〵、や逃たの内に横木瓜、王手さあどうだ、 〈後〉はてきびしゝに牡丹唐草かい、斯う引く、天窓からぴしやり、 〈先〉あおなまめだん仏 〈太吉〉まだある〳〵、角お引て取捨てしまはつし、 〈後〉それでも能くないて 〈太〉なに能よ、まあ引て取捨さつし、 〈先〉あヽやかましい東西〳〵、一人に五人がゝりだな、大勢の智恵でおれ一人に負るかい、可哀や〳〵、取捨たか、そりや又王手、 〈太〉それ引たくれ〳〵 〈先〉あヽ、あなむざんそこに桂馬がいるとはしらねへ、待て呉ともいはれまいす、 〈後〉そこでお手に 〈先〉お手は山々王が三枚、飛車角六枚、 〈後〉じやうだんぢやあねへ、 〈先〉お手には山々といふ内にも、香桂前にたゝむ、金角寺の和尚、 〈後〉銀があるか 〈先〉銀も一分や、二歩はありつ、 〈源〉いかい事渡したのか 〈後〉取捨る事は奇麗だ、駒はいらねへ、 〈先〉ふむ盤でばかり指がいゝ、負る気遣ひなしの木さいかち猿辷つ、や入玉(いりわう)とさせまいとおうちなさる、歩お成(なれ)と打、 〈後〉まづ金おいたゞき女郎衆と 〈先〉はヽあ惜い成金(なりきん)お取れたかい、是にて将棊はおだ仏かい、や是にて将棊はおだ仏と、斯うしろ、 〈後〉いや待たり、これは援に居たのだの、そんなら此香で此金お取らう、斯うは逃めへ、 〈先〉なんだ〳〵どうするのだ、二三手過た事お仕直すぜへ、此方の駒まで動して、大きにお世話な事た、一人で両方指すの、あれ御覧なさいあの通りだ、若殿様のお対手になるやうだ、夫でよしか、何でも仏のいふ通りにしてやらあ、斯う気の能将棊だ物お、名人だてな、それ、よくは引たくれんげの皮財布と責るだ、 〈後〉おつに責よせたな、待よ、援が思案のあとや先つ、はてな援が思案のあとや先つ、責られてはちと辟易だて、はてこいつはちと辟易仕るて、はてお責なさるかい、おまへがたも精出して、お責なさるが身のお勤つ、 〈先〉勤といふ字に二つはない、ててん、 〈源〉あヽそこへ逃ちやあ損だ、其隣へ逃て、むだ駒お遣はせるがいゝ、 〈先〉能く口お出すなあ 〈太〉あ能手があるつ、能手があれば大橋もありやすつ、 〈源〉むふむ目が暗で居るから見えねへ 〈先〉だまつてくたばれ、何にもいふなつ、 〈後〉何にもいふな人ではないはつ 〈先〉や何にもいふな人ではないはつ、それどこへ行く、 〈後〉援へ逃る 〈源〉あヽわるい〳〵、そう逃ちやあおへねへ、 〈太〉それひたりだ〈先〉あヽよんやらまかせうさと 〈後〉あヽよんやらまかせろさと、 〈先〉それよんやらまかせろさと 〈源〉それ〳〵そこが由断 〈先〉はて何にもいふな人ではないはつ 〈後〉や人ではないはと取る 〈太〉能か〳〵 〈先〉そりや何にもいふな人ではないはと、雪隠へお出なさい、あヽ臭い〳〵、 〈後〉いま〳〵しい、とう〳〵雪隠へ、 〈先〉やよわい事〳〵 〈源〉どれ〳〵おれが敵お打てやらう 〈太〉おれが出る 〈源〉まあ待つし、又へほめらが、金銀でもおかつたるい、