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小弓肝要抄
一時節事
嗜此道之家、不嫌時剋雖致稽古、以春被賞玩者也、おほかた日うらゝかに、風しづかならば、可成其興也、但ものゝしむ事は晩景也、仍賞之、凡季節事、夏は炎暑も難堪、又弓のためにべくつろぎて、弓おはる事不任意之間、其興少、冬又風はげしくて、或的おうらがへし、或矢お吹いたましむる間、其興みだれてしまず、極熱聊寒共以不宜、秋は又弓のため被浸霧露事あり、能々可斟酌者也、仍以春被賞也、
一装束事
色ふし隻如常、装束こはく、頸紙つまりてさゝうる事ある時は、おもひの外に矢はづるゝなり、されば装束たおやかに、頸かみひきく、さはる所なくしたゝむべき也、
一体拝事
立左膝持押(す)手之臂懸(おかん)手者右のほう下くちわきに引つくる也、然者弓の弦眉の間にあたる也、乙矢お右の手に拳持也、但随座敷斟酌也、凡小弓のうけたるといふは、こぶしの上、手のくびにあるべし、又うちあげに両説あり、一には膝の上におきたるひぢおはなたずして、うちあぐる事あり、家時卿はひざの上の臂おはなたず、其謂は居長はひきく膝はたかゝりしゆへ也、予〈○藤原基盛〉はひぢおはなちてうちあぐる也、古の上手皆如此、覚ところさらに無異矢、但家時卿弓の体たくみ也き、予が弓に違する所たゞうちあげばかり也、末代此道の好士伝聞彼卿之体拝可覚也、又弓お取り矢おはぐる事最用也、可専其体、其故は五善の体の中には、弓つよく体拝すぐれたる事お、第一第二にたてたり、あたる事は第三也、然者則可執和容歟、凡此義不相応者、縦矢数あたるとも小弓にあるべからず、随其かたち不相協者、矢数あるべからず、能々可調者也、
一持弓矢出其砌事分持弓矢於左右事雖有一説、あまりに事麗見也、弓矢具持右手宜也、猶可用之、
一可致稽古事
大的にのみむかひて向小的之時者、以外に相違あるなり、然者常可取替大少也、稽古之間不捨心、雖為一矢可執者也、又不向的致稽古事有之也、向的引弓之時、隻志放(てに)不知身体拝、然者雖不向的引弓、正射髄向的之時、自然浮面影、体拝もよく、又矢数もあるなり、稽古の手意可准之、
一分中的事
第一大事在之、隻至極ひかうべきもの也、弓お的におしあつるは、あしまかなひ、〈○あしまかなひ恐有誤脱〉次此拳は的のいづくの程にあたりたるぞとまぼり、さて小眼に分縮てこぶらのくろむところお放也、如此相応而中お上手とは名也、但不及善惡分別、自矢数ある射手ありといふも迷矢也、始終中事あるべからす〈○す恐衍字〉ざる者なり、されば能々ひかへて可放者也、弓の引放なるは病也、譬欲治病不待療治如死也、閑寸分も無違放にはづるゝ事不可有者也、家はひろしといへども、家主の寝所は一間也、的は雖大、上手の矢所は三寸内也、自然雖有相違、無出七八寸之外、如此稽古抜群之後、至于上手之位也、うちまかせて世間の人、但雖玩之、不入稽古道之間、上手出来事無之也、
一夜弓事
夜弓といふは、聊も的みゆる程は非夜弓、全分暗時の事也、初心の程は、的おみ出てこぶしおあてんともとむる僻事也、こゝのまかなひおもちて的お察する也、されば抜群之後は、弓おうちあげておじあつれば、拳の前に的は出現する也、稽古不至者、其事不可協者也、