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投扇式

投楽散人其扇とかや雲へる人は、花都の産なり、頃しも安永二つのとし、水無月のえんしよに堪かね、昼寐の夢覚て、席上に残せる木枕の上に、胡蝶一つ羽お休む、其扇傍に有りし扇お取つて、彼蝶に投打ば、扇は枕の上に止り、胡蝶は遥に飛去りぬ、そのさま久しき手練なりとも、斯はあらじと、我ながらいみじき事に覚て、今一度と扇お取つて幾十返うか是お投るといへども、枕の前後に落て枕上に止らず、是より投壺の遊お思ひよりて、通宝十二字お懐紙に包み、枕の上において扇お以て彼に投、勝負おあらそひ、酒宴お設たらんには、彼の投壺の礼法おごそかに、調度数にして、其業の煩らわしきにはしかざらんかと、投扇興と名付て、専是お玩、遊興の一助となしてより、其業の礼法おあづさにちりばめ、書林にあたへしとぞ、