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拳会角力図会

初拳お勝拳心得之事
初拳おかちて多く負になる事あり、これ気のゆるむ所なり、はじめの拳に勝たるとき、負たるこころになりて、すこしもゆるめず打べし、まけたる方には大事とおもひ、ゆだんなく打、勝たる方には、すゝみすぐるものなり、夫も先が我よりいたつて弱き拳なれば追廻し、うろたへさせて取事もあれども、先へすゝみ過るはよろしからず、また我より下の拳お打ときは、わがおもふやうにゆびも出れども、我より上手の拳に向て打時は、指の自由なりがたし、こゝに習も口伝もあるべし、万芸我よりたかき人にむかへば、常より二割も我芸のすくむものなり、是其一つに魂のいらざるところなるべし、始からむかふの人は、我より上手ならんと、其人にのまるゝやうなこゝろにては、拳に利お得る事なし、本心お臍の下におとし付、見くだしてはうが利なるべし、あまりむかふお見あげて打ば、利お失なふ事あり、其余は臨気応変なり、
全体拳お打に、一三五七九(んうえひ)半氷指お出ときは、手の表お出し、また二四六八十(んううまい)の手お出すときは、手の裏お出すが本意なれども、段々拳の流行するより、さま〴〵と考へ、誰それが手は肩先より打おろす時は、何の手が出る、打出しには何の手お出すといふやうに、目かしこくなりしより、近世裏表にかゝはらず手お出す、裏表にかゝはるは則陰陽なり、
拳に己お捨るといふ事
五人びろいなどのとき、四人までひろいて、跡壱人にかゝりて、相手に初拳お負、二拳めもまた其相手におりこまれたるとき、己おすてゝ打事あり、おのれお捨るといふは、我指にすこしも心おかけずして打事也、すこしにても我指にこゝろおかけては、相手お仕とめる事おぼつかなし、猶我指にこゝろおつけて打は、平常の事なり、今援ぞといふけはしきときにのぞんでは、我指に心おとゞめず己お捨べし、