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栄花物語
一/月の宴
康保三年八月十五夜、月宴せさせ給はんとて、清涼殿の御前にみなかたわかちて前栽うへさせたまふ、左の頭には絵所別当蔵人少将済時とあるは、小一条の師尹のおとゞの御子、いまの宣耀殿の女御の御せうとなり、右の頭にはつくも所の別当右近少将為光、これは九条殿の九郎君なり、おとらじまけじといどみかはして、絵所の方にはすはまお絵にかきて、くさぐさの花、おひたるにまさりてかきたり、やりみづ岩ほみなかきて、しろがねおませのかたにして、ようづの虫どもおすませ、大井に消遥したるかたおかきて、うぶねにかゞり火ともしたるかたおかきて、むしのかたはらにうたはかきたり、造物所のかたには、おもしろきすはまおえりて、しほみちたるかたおつくりて、いろ〳〵のつくり花おうへ、松竹などおえりつけて、いとおもしろし、かゝれども歌はおみなへしにぞつけたる、
左方
君がためはなうへそむとつげねどもちよまつむしのねにぞなきぬる
右方
心してことしはにほへおみなへしさかぬ花ぞと人は見るとも、御遊ありて上達部おほく参り給て、御禄さま〴〵なり、〈○又見内裏前栽合〉