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玉勝間

香おきくといふは俗言なる事
香お聞といふは、もとからことにて、古の詞にあら、ず、すべて物の香(か)は薫物(たきもの)などおも、かぐといふぞ雅言にて、古今集の歌などにも、花たちばなの香おかげばと見え、源氏物語の梅枝巻に、たき物共のおとりまさりお、兵部卿宮の論(さだ)め給ふところにも、人々の心々に合せ給へる深さ浅さお、かぎあはせ給へるになどこそ見えたれ、聞(きく)といへる事は、昔の書に見えたることなし、今の世の人は、そおばしらで、香(かう)などおかぐといはむは、いやしき詞のごと心得ためるは、中々のひがごと也、きくといふぞ俗言には有ける、