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御家流改正香道秘集
二種之名香之事
一昔より蘭奢待、太子、此二種お名香六拾一種之内第一として、古今無上妙品最上之香とせり、蘭著待は希にして、得がたきお以奇宝とするのみならず、其香殊更勝れて妙有、十度も焼かへすべきの説、古来より伝ふる説也、本は東大寺の什物なる故、其名おまた東大寺とも雲り、世に真銘之物古今希也、天下草創の将軍家御一代に南都より出る香也、勅使上使抔有て、一寸四分切取る雲り、近代は其儀なし、誠古其例有と記し候書有、かゝる大節成名香たれば、世に流布する処のもの偽銘多して、此道にうとき人誤り伝て、貴賞するもの、正銘となしがたし、太子、法隆寺より出る説一向なし、然共いつの世にか不図洩出て、世に流布す、る物也、匂ひは蘭奢待に及物ならずと雲ども、太子御自愛の香にして、此国において焚香の始なれば、甚大節成お以世に貴賞せり、手箱太子と雲る物有、是も法隆寺什物の中に、太子の手箱の内に入たる本木のけづりくずなりと雲り、此両種の名香は、甚得がたき事也、若僅に一炷計成お得ば、真銘疑ひなきものなれば、猶奇宝と可成事也、
六拾一種名香之説
一、古来より六拾一種之名香有て、其名香世に知る所なり、然共近世流布するもの、多くは偽名にして、伝来正敷正銘の物希也、近比香お商ふ者、其俤相似たる香お撰みて、是に擬して人おまどわすもの多し、既に往古にも正銘の物は得がたし、或は焼失し、または、はづかに残りて世に甚希也事古書にも見へたり、建部隆勝天正年間之人、志野省巴門人、信長公之家臣也、此書にも六拾一種之聞お記されたるにも、弐拾余種未聞よしの説有、今に至てはいよ〳〵希成べし、然ば六拾一種悉く正銘の物有べからず、今希に六拾一種之内なる正銘とおぼしきは、其香味能古人の記し置し連味濃薄立出煙末に至りて、香の位かう〳〵として、能香気かよひて疑がわしからざるものあらざれば、正しき名香といふべし、然今世に至て多く古来之名香の名お以て、貴賞するもの有べからず、自然疑ひなきもの一種にても得ば、貴賞すべき事なり、〈○中略〉
新六拾種名香之事
一古来御家之六拾種名香有、世に賞す、又志野宗温六拾一種之名香お定、今世上に伝へ用る香是也、然ども古の名香といへ共、勅銘有て希也、後世に至て勅銘の香、また貴人公子の名附給ふ香少なからず、香の善惡お論ぜず勅銘のものは、古水之名香よりも貴みもて扱べき事なり、よつて近世名有香お集、古来の数に擬して、六拾種の新銘お集む、猶香の善悪お定撰て、六拾種となすにあらず、隻勅銘之分、また貴人の銘附られしおほどこし、焚給ひしお集むる而已、見む人是おおもへ、
新六拾種香名寄
一はつ雪 むらさき 少年の春 青陽 花の色 はるの嵐 蝉の羽衣 五月の空 花すゝき 小夜衣 志 軒漏月 桃源 とがめぬ霞 楚弓 蓮葉 その糸 忘水 蘭(ふじばかま) 夕日 水雲郷 老木の花 簾の障 思 椛(かば)桜 東 初瀬山 滝の白玉 梅の一枝 浦風 後の香久山 更衣(ころもがえ) 秋の最中 右勅銘之分三拾三種也
一横笛 後の古里 生微凉(びりう) 後の染衣 後思 後の春の夜 右公方家御銘六種
一郭公 東山 若松 若竹 烏羽玉 後尾上 後八重桜 後花勝見 暗部山 山桜 弥生
木葉の雨 飛鳥川 芝船 翡翠 西山 右中院通村卿御銘十六種
白菊 細川藤孝銘 柴船 奥州正宗銘 千代春 奥州綱村銘 初音 小堀政一銘
後浅綠 小堀政一銘 以上六拾種也〈○中略〉
和香木名寄
一瑞香木(みづかき)〈加茂〉 長柄橋〈摂州〉 光遠木〈有馬〉 楼間桜 異香留賀(いかるが)〈和州太子御手自柄植させ給ふ、今枯米、〉 右勅銘之分
一夏衣〈摂州有馬〉 吉野寺〈比蘇寺と雲〉 埋木〈箱根〉 埋杉〈丹後〉 三輪苧巻〈二本杉〉 三保崎楠
天橋立松 尾上松〈播州高砂〉 千歳杉〈姥杉とも 奥州平泉村中尊寺地内、光堂前に有、〉 天香木(むろのき)〈鎌倉〉 瀬戸白檀〈相州〉
平岡天香木 末松山梅根〈奥州〉 厳島鳥居〈平清盛造立〉 筑紫飛梅 難波梅〈摂州〉 稍之外〈摂州天王寺林氏〉
大江山〈丹州〉 室山杉〈空海手所栽〉