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続近世奇人伝

僧恵南
恵南、名忍鎧、号空華子、平安の人也、聞香に長じ一時に鳴、連理焼合五味七国おきゝしるのみならず、凡物の臭気おきくこと常ならず、〈○中略〉何某の宮の御殿に、紅塵といへる名香あまたたくはへ給ふが、或時やゝうせたれば、殿下の御沙汰となり、武辺に仰て捜しもとめ給ふに、恵南其ころ名誉あれば、殿下へめして、聞しらずやととはせ給へども、もとよりしらぬことなれば、其旨申あげけれどもこゝちよからず、いかにもして其在所おしらまく思ひしが、東寺の御影供にまうでんと、壬生より過る道、一陣の風吹来りけるに、えならぬ香気有、いぶかしく其かたおさして行に、島原の廓柏やといふものゝ家なり、彼紅塵の香にたがひなければ、入りて尋るにしるものなし、しひてもとめて人毎にいはしむるに、一人の女の童、此頃某の女郎の櫛笄お作たまふ木屑のありしお、よきにほひする木なれば火桶にくべしが、其名残にやといへば、やがて明の日殿下にまうし上けるに、ぬすみしは其廓に遊ぶ士なること分明にて、罪に行はれしとなん、