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五月雨日記
おりからさみだれのころは、なおいほのうちしめやかに、むぐらのたのもしげに門おとぢたるも、かゝるすまいには心にかなひたるなど、ひとりふたりあるわらはなどに、いひきかすれど、きゝもいれず、〈○中略〉かゝるところに、あさぢふみわけてくる人あり、いかなるにかととはせ侍れば、柳営〈○足利義政〉の御もとよりとて、ふみおさしいだす、ひらきみれば、いつ〳〵香あはせの事あるべし、香二種香たゝみしてもていでよ、名おかくして例のとおり判もあるべし、あまりつれ〴〵とふりくらしたるに、かゝることおもよほし侍るよしおいひて、うちしめり菖蒲ぞかほるほとゝぎすなくや五月のといふぞ、ちかきころの香の名にて、これにことつきたる、そのおもかげあらむ名お、おもひめぐらし侍れども、こゝろにかなふありがたかるべしなど、こま〴〵とかきたまひし、御返しはことなる事もなかりけり、〈○中略〉
香合の時、先左右の座上に、方人のかうだゝみのこらず香盆にのせてさしおく、さて方人左右にわかち、次第々々に座に著、暫ありて火とりに火おとりて、香盆にすへもてまいり、左の座上の人の前におく、右の座上の人の前へとあいさつす、右の人なおそれよりといふ、其時左の座上の人かうだゝみおとり、かうばしおぬき、火とりおとり、火かげむお見させたまひて、ぎんおおき、かうおつぎたまひて、ひとりすへまいりし香盆のうへにおきて、右の方人へつかはす、右の方人座上の人うけとりて中座におきて、先左右にこれおきかす、左のかたよりすがらぬさきにとくきかせたまへなど、右のかたへ申さる、右の方人座上より火とりおとりきゝて、次第にすえざままでこれおきかす、かうすがりてすえざまより、また右の座上へ火とりおもちてまいる、すがりおまた一へん次第にすえざままできゝはて侍る、さてまた火とりに火おとりて香盆にのせ、右の座上へもちまいる、此ときはあいさつなくそのまゝかうだゝみおとり、かうばしおぬき火かげむおみさせたまひて、ぎんおおき、香おつき、火とりすへまいりしかうぼむのうへにおきて、左の方人へつかはす、左の方人座上の人うけとりて、中座におきて先左右にこれおきかす、右のかたよりすがらぬうちに、とくきかせたまへなど、左のかたへ申さる、左の方人座上よりひとりおとりきゝて、次第にすえざままでこれおきかす、香すがりてすえざまより、又左の座上へ火とりおもちてまいる、すがりおまた一へん次第にすえざままできゝはて侍る、そのとき香の名お右のかたより左のかたへとふ、なにといふとこたふ、左のかたより右の方のかうのなおとふ、なにといふとこたふ、判衆儀なれば、先香のにほひよしあし左右たがひにさだめ、一番の左は歌合根合菊合なども、かたするお故実なるよしつたへ侍りしかども、ちかき世よりはさることもなく、たゞすぐよかによしあしお申なるべし、香のよしあし勝負さだまりて、さてかうの名の名つけざま、詩歌物語催馬楽管絃の譜やうのものなりとも、とりどころそのよしあしあり、体なきことばなどにてなづくるは、よはきによりてあしとす、左右たがひにこゝろの底のこらずいひて、勝負お究めかうにほひすがりまでもかちたりといふ共、名まけたらば持なるべし、かうまけたりといふとも、名かちたらば持なるべし、かうのよろしきより、名のよろしきお誉とす、香よくなもあひぐしたらば、いふにたらぬ勝なるべし、香にいにしへよりの名ありて、たとへばらむじやしゝなどいふとも、其香合にのぞむときにあたらしくなおつけていだす、香合の法なり、幾度のかうあはせに、同香お出すといふとも、名おだにあたらしくせば、作者のてがらなるべし、一座に同香いだす事は制なるべし、