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五月雨日記
六番香合〈判衆儀判、詞後日准后(足利義政)書之、〉
一番 左〈勝〉
とこの月

山した水
左右香のにほひよろし、すがりもあしからず、おなじ程にきこえ侍るよし、左右の方人申之、左とこの〈新拾遺伏見院御製〉月は、あき風のねやすにましてふくなべにふけて身にしむとこの月かげ、に、ほひといふにも、けぶりといふにもかゝはらず、凡慮のおよぶところにあらざる名なるべし、右やました水は、〈長秋詠草〉にほひくるやました水おとめゆけばまそでにきくの露ぞうつろふ、山した水といへるなめづらしく、歌のとり所もよろしく侍れども、菊のかたおもて香の名にもちひ侍る事、このごろおほく侍れば、左の勝にて侍るべきよし一同に申なり、〈○中略〉
六番 左
ねぬよの夢
右〈勝〉
やまぶき
左の香よろし、すがりもあしからず、しかりといへども、これもかうあたらしくきこゆ、右の香よろし、いにしへのしゝらにといふとも、おとるまじくきこゆ、すがりもよろし、猶右勝なるべし、左ねぬよのゆめは、〈続古今夏寂蓮法師〉のきちかきはなたちばなのかほりきてねぬよの夢はむかしなりけり、とり所も名のとなへもよろし、右のやまぶきは、〈古今春下読人しらず〉春雨のにほへる色もあかなくにかさへなつかし山ぶきのはな、なんなき名なるべし、左ねぬよの夢もよろしといへども、たち花の歌にて名づけ侍ることめづらしげなし、香も名も右の勝になり侍りける、
文明十一年五月十二日於東山殿執行之