[p.0361]
香道千代の秋

千代の後まで伝ふべきものは紙上の語なり、金石に鐫ものもかぎりありて磨滅す、道おのせことお伝べきは隻書のみ、伝写七て断ざる時は、千歳に芳お流むもの歟、援に香お玩の事既にふれり、文亀の頃より、上に消遥院公ありて、下に志野氏世に出、香道是より定りぬ、志野は三世家声お堕ず、これにつげるものは建部氏(○○○)なり、其後米川氏志野の古流お受継て、かへつて己が一流お起す、其比の諸士に卓越すといへども、其後継るものなし、名のみ残て其書世に多く伝はらず、何お以か継ておこすものあらむ哉、米川没て香道衰微せり、援に先師流芳子〈○大枝〉御家の末流お汲て、其余の諸流お集て大成し、香道の古法お起むとはかる、先に初心おみちびく書許多編おあらはしぬ、今又此書なりぬ、よつて日月お書して是が序となし、がまふ野に若むらさきの蘭千代の秋まで匂へとぞ思ふのみ、
享保十八癸丑年正陽上〓 洛西三双巒謹題