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塩尻
九十八
或茶人に唐物の荼の湯お望ける程に、其器物みな唐土の物お尽して珍らしかりしが、掛物計り何がしの卿の書給ひし、あまの原ふりさけ見ればの和歌也、客心得侍らざる事哉と、て問けるに、さる事に侍る、此歌は仲麿、もろこしにて月お見て読げる由、古今集にか侍りし、されば歌は我やまとの風なれ共、唐土にて読しかば、唐物にこそ侍れといひしかば、水鏡にも仲麿唐土にて、三笠の山にいでし月かもと読し事見えたり、誠に物がたき文字の懸物ならば、異やう過なんお、おもしろくこそ侍るとて、客も共に感じけるとかや、茶会お斯風流にして、文雅ならんこそおかしく侍らんお、田舎の茶会はおごれるのみにして、年老ひ物むづかしげにふとり過たるものゝ、万づ自慢したる客のかほにくげにおもひやり、異なる事なき有さまのどち、いと愚かなる物語などして、物食ひ茶すゝりて長居したる、心づきなく見苦し、